オリンピックと大雪

暖かすぎるロシアのソチから、毎日メダルの便りが届いて、嬉しい2月です。
一方、東京やわたしのいる横浜は、二週続きの大雪で震え上がっています。さすがに飽きたのか、今回の雪で雪だるまやかまくら作品は、近所に見当たりません。

金曜日の夜は、前もまともに見えない吹雪の中、いつもの2倍の時間をかけて、やっとこ帰宅しました。
歩道も車道も区別がつかない白銀の世界。

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# by sanponideyou | 2014-02-16 12:19

St. Valentine's day

 2月も半ば、明日はバレンタイン、天気予報では夜、また雪になるかもしれないとか。
 寒い日が続いています。これも、予報士がラジオで言っていましたが、暖かくなるのは3月下旬とか、まだまだダウンコートとブーツのお世話になる日がつづきそうです。

 毎年、たくさんの友チョコをいただきます。今年ももう3個手元に来ています。こう寒いと、チョコと暖かい飲み物が本当にリラックスタイムをより幸せにしてくれます。

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# by sanponideyou | 2014-02-13 11:35

大雪

また、ずいぶん長い間サボっていましたが、そろそろ復活します。

2月16日には、四十九日をむかえます。
こんな、非現実的な雪が降ると、家でゆっくりしているしかなく、そうして久しぶりにぼうっとしていると、いろんな場面が思い出されて、懐かしくもあり切なくもあり、まだまだ、新鮮な悲しみだと気づかされます。

書くこと、わたしにとっては、一番の健康法なので、いつか読んで「そんな時もあったね」と言えるように、綴っていければと思います。

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# by sanponideyou | 2014-02-09 15:01

大晦日

昨日2013年12月30日、午後4時40分に母が永眠いたしました。

なにもかも段取っていたような、絶妙のタイミングでいきました。

死顔は、どれほど苦しかったろうに、という病状でしたがとても穏やかで、皺ひとつない美しい表情でした。

もともとの心臓の病に加え、今年になり肺の1/3の機能が失われていると診断され、入退院を繰り返していました。
この夏の入院も、良くなり、酸素を鼻に入れてでも退院してくれるものと、深刻には捉えていませんでした。

ただ良くなって欲しくて、毎日欠かさず誰かが病室に行くようにしていました。

27日、その日は姉が病院にいく番で、職場の大掃除もすませ、「良いお年を」と声をかけ合い日吉の自宅に戻ろうとしていたところに、姉から母の病状が急変したと連絡がはいりました。

追記2014/1/10

東横線で、もう日吉に着こうとしていた時のことで、すぐに武蔵小杉まで折り返し、南武線に飛び乗り立川の病院へと向かいました。
その間の記憶が曖昧で、8時には病院に着いたのですが、冷静に考えるとそんな時間に着く距離じゃないのです。すごく不思議です。

母は、もう酸素マスクをして苦しそうに息をするだけで話せる状態にはありませんでした。
それでも「来たからね、付いているからね」と言うと、小さく頷きました。

27日から30日まで、病院に泊まり込み片時も離れずに見つめていました。
病室が3度変わり、徐々に看取りの時間へ移行しているのは、わたしにもわかりましたが、信じたくない気持ちで、見て見ぬ振りの明るさで、耐えていました。

30日の西陽が傾く頃、脈が急に弱くなり血圧もとれなくなりました。
一度黒目をはっきりと開けて、目が合ったと思った後、大きく5度ほど息を吹き返し、本当に5分も持たずに静かに息を引き取りました。
あまりにも急で、病院にいたわたしと姉と父以外、義理の兄や孫たちは間に合いませんでした。

その前日くらいから、看護師さんたちに「穏やかなお顔ですね」と何度も言われるほど、苦しげな呼吸なのに眉間の皺はなくなり、平穏な表情になっていまいた。

今はまだ、受け入れにくいけれど、これで良かったのだと思える日が、そんなわたしの心の平穏が訪れてくれたらと願っています。
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# by sanponideyou | 2013-12-31 19:19

師走の銀座から

 母の入院が長引き、日々慌ただしく過ごしています。

 毎日、日吉の家から銀座に出社し、仕事が終わると飛ぶように有楽町駅に走り、入院先の立川へと東京駅経由で中央線に乗り込みます。
 母の顔を見て、また、立川から南武線で武蔵小杉に出て東横線に乗換えて日吉に帰ると、月も星もまばゆい夜になっています。

 土日は、早い時間から病院に行きます。

 それでも、12月に入り、病状が安定してきて日吉に帰って寝ていても、夜中や早朝の電話におびえることはなくなったので、ずいぶん気は楽になりました。

 職場の仲間と家族以外に誰とも会えない日が夏から続いていましたが、ここにきて、多少心の余裕が生まれたのと、時節柄もあり忘年会にちょこちょこと参加したりしています。

 今、母は病棟から療養棟にベッドが移り、嚥下の訓練がはじまろうとしています。ただ、3ヶ月以上も点滴のみが続いていたので、楽観はできない状態です。

 何も口にせず何ヶ月も!わたしには信じられない、母はよくがんばっています。

 これから、どのような状況が待ち受けているのかわかりませんが、たくさんのことをこの数ヶ月で経験しました。

 まだ、これからです。

 危機的状況ではなくなったので、自分の生活と母の療養生活をどう折り合いをつけて行くか考えながら、これからは少し無理を軽減できるように方法を探って行きたいと思っています。

 わたしが余裕をもたないと、やさしくいるために。

 残り少ない12月を楽しんで過ごしましょう。

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# by sanponideyou | 2013-12-12 17:18 | 日記

笑って、笑って、笑って。


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